私はblogの記事にも書いているように「放射能汚染地域の農家が、なるべく早く、非汚染地域に、避難し、過疎地域の遊休農地・高齢農家の事業を継承する、なぜなら、汚染地域で農業を続けると汚染食品を拡散するから」と主張しています。これが私が考えている移住スキームです。
誤解をまねかないようにblog記事やTwitterでも「どこ」を対象にしているのかということは、注意をして「放射能汚染地域」という言葉を使うようにしています。話しの流れ上、事故を起こした原発を中心に表現したい場合など仕方ない場合は「福島をはじめとする放射能汚染地域」というふうに書いています。なぜなら、福島にも汚染されてない地域もありますし、福島以外の周辺地域にも汚染された地域があるからです。
しかし、ときとして「福島を差別するな」と反応する人がいます。その人達に言っても全く信じてないようですが、私は放射能で汚染された地域と汚染されていない地域を「区別」する必要はあると考えていますが、決して福島を差別している訳ではありません。
たぶん「福島を差別するな」と過剰に反応される方は、福島に住まわれていて震災、原発事故、放射能汚染という経緯の中で嫌な思いを沢山されたのだろうと思います。そのことに関しては同情をしますが、「差別するな」と何度叫んでみても、福島の方が感じられている「被差別感」を解消することは出来ないと思います。
現在の放射能汚染に対する世間の反応は二通りで、同情的な立場で「食べて応援」「汚染瓦礫を全国で受け入れ」しようと言う人がいる反面、放射能汚染を拡散するな、と言う人がいます。私は「放射能汚染された食品を拡散するな、放射能汚染された瓦礫を拡散するな」と言っている一人です。私はそこまでは言いませんが、中には「福島を廃県にしろ」「福島県人は福島に閉じ込めろ」などと過激なことを言う人もいます。
この180度正反対なの立場の違いは、現状程度の放射能汚染の危険性に対する認識の違によるものです。私は比較的リスクに敏感で避けれるリスクはなるべく避け、例えリターンが見込めたとしても全てを失うような賭けはしないタイプの人間です。人はそれぞれですので、大きなリスクを取って大成功する人・全てを失う人、リスクを取らずに平凡な人生を送る人、リスクを取らずに成功する方法はないかと知恵を巡らせる人。それは人それぞれの生き方ですから、これに関しては良い悪いという議論をしても仕方ないでしょう。
考慮すべきなのは「食べて応援」「汚染瓦礫を受け入れよう」という人=安全論者は、現状程度の汚染度合いであれば大きな問題は無いと考えているだけで、放射能汚染自体を安全と考えている訳では無く、将来健康被害などが発生するリスクも認識し、「汚染を拡散するな」という人=危険論者は現状程度の汚染が直ちに甚大な被害をもたらす訳では無いが長期的視点で避けれるリスクは避けるべき、と考えているということです。
つまり双方、本質的には対抗する側の考え方を理解している。安全論者は本質的な放射能汚染の危険は認識し、危険論者は一定レベルの汚染なら事実上安全と考えても問題ないということを理解しているということです。これは安全信者が何かのきっかけ、例えば1例2例健康被害が報告されるとか、があれば一気に危険論者に変わる危険性をはらんでいます。逆に危険論者は一定の条件がクリアーされればそれを安全と見なす素地を持っているということです。非汚染地域に住む人が今は「食べて応援」と言っていても180度逆の立場に変わる可能性も、今は「拡散するな」と言っていても180度逆の立場に変わる可能性も秘めているということです。
私は放射線防護の専門家でも無く、科学者でもありませんので、現状程度の汚染度合いが、ほんとは危険なのか安全なのかという議論をここでする気はありませんが、現状程度の汚染度合いが安全と考える人も危険と考える人も、両方の人がいることをみんなが理解する必要があると考えています。
さて、ここからが、今後どうしなければいけないか、という話しですが、現状は「安全だと言えば、安全じゃないと言い。危険だと言えば、危険じゃないと言う。」押し合い状態です。この差別とも称される対立状態を解消するにはリスクの中心地である事故を起こした原発周辺地である福島の人達から立場を変えていく必要があると思います。
今日ニュースでは、緊急時避難準備区域が解除された川内村での住民説明会の様子が報じられていました。この様子を見ると避難中の多くの住民の方が汚染が解消された訳では無い地元へ帰ることへの不安を訴え、帰っても仕事が無いという村民に村長が「除染がビジネスチャンスになる」と説明する一幕も紹介されていました。
文部科学省による可搬型モニタリングポストによる空間線量率のリアルタイム測定 2011年10月06日 21時40分 現在の結果 石熊公民館 (双葉町石熊八房平)13.453μSv/h 飯舘村役場 (相馬郡飯舘村伊丹沢)2.092μSv/h 川内村役場 (双葉郡川内村上川内)0.170μSv/h
つまり福島の人も本当は現状の汚染状態が安全とは考えていない訳ですから、それを無理して安全だと吹聴するのは控えるべきです。安全だと主張する人は自分自身に言い聞かせて精神の安定を保とうという人間本来の保護機能が働いているという面もありますが、外から見ると安全だと吹聴する理由は地元産の農畜産品の販売促進、汚染瓦礫の処理協力を得るためとしか見えません。
原発事故の後、3月末頃には、食品の放射線暫定基準値が厳し過ぎるとして東京、千葉、茨城、栃木、群馬、福島、埼玉、神奈川の8知事が見直し要望しましたが、多くの人がただでさえ緊急時対応のため緩和的に設定されている暫定基準値をさらに緩和するなど、とんでもないと考えたでしょう。
6月には政府が生茶葉を乾燥させた「荒茶」でも放射性物質が 暫定規制値を超えれば出荷制限の対象とする方針を示している問題で、 静岡県知事が「荒茶の放射能検査はしないと述べ、 政府の方針に従わない考えを示しました。多くの消費者は事故を起こした福島第一原発から遠く離れた静岡の農産物から放射性物質が検出されたことに加え、そこの知事が地元の利益を最優先して、検査をしないという通常考えられない手に打って出たのを見て、汚染の拡大の恐怖に震え上がりました。
荒茶(あらちゃ)は、茶の葉から茶を作る製茶行程のうち蒸熱、 揉捻等の工程を経て乾燥された段階のもの。一般に流通する多く の緑茶は荒茶に対し火入れ、選別等の仕上げ加工を経た後のもの。
牛肉が汚染されいたのは市場に流通し多くの人が口にした後で発覚しました。その後も流通している食品から放射性物質の検出が相次ぎ、ずさんな検査体制を露呈しました。このような状況が人々のリスク意識を目覚めさせたのです。この状況を経てもなお、安全だ主張する人は、新聞も読まずニュースも見ない世間の動向に無頓着な人だと思います。ですからそもそもそうゆう人が「食べて応援」などと言っているのは一時のムードに流されているだけで、本当は何も考えていない人達です。一時のムードに浮かれているだけの支援者の存在が如何に危ういものであるかは、あえて説明する必要も無いでしょう。
数日前にニュースが、放射性物質予備調査でコメから500Bq/Kgが検出された二本松市の市長が政府に対して「暫定基準値500Bq/Kgをクリアーしたとしても消費者の信頼は得られない。少しでも放射性物質が検出されたコメは出荷したくない。そのために放射性物質が検出されたコメの買い取りと、全量検査をするための検査体制に対しての支援を」要請したと報じました。
これは明らかに今までとは違う動きで明るい兆しだと思います。顛末がどうなるか分りませんが私は二本松市の取り組みを支持します。福島をはじめとする放射能汚染地域がその場しのぎでは無く本質的に物事を解決するため腰を入れて対応に当たれば、それに応えるべく周りの支援にも腰が入ります。
加えて言うなら、計画的避難区域に指定されている飯舘村では空間線量2μSv/hが計測されており、これは放射線障害を防止し公共の安全を確保する為に設けられている放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律により定められている放射線管理区域の設定基準である実効線量が3月あたり1.3mSvを遥かに超え、3月あたりにすると4mSvを超えます。この地にはいまだに一部の人が生活を続け出入りに際して特段の制約も検査もされていません。
放射線が検出されるというのは「放射線」だけがそこに存在するのではなく、放射線を発する「放射性物質」がそこに存在するということです。こういった高い線量が計測され自由に出入り出来る地域は福島でもごく一部ですが、一部でもこういった地域があると、その地に立ち入った人の衣類や車両が汚染されている可能性を排除出来ません。一部に言われる福島を差別する人の根拠はこういった不明瞭なリスク管理が原因だと思います。部外者から見れば飯館村のようにルーズに管理されている高汚染地域とその他の低汚染地域、もしくは非汚染地域の区別がつきませんので、福島=汚染されているのでは?という疑問が浮かぶのです。
これも食品の安全管理と同じく、出入りに際して持ち出し品や車両の汚染検査とするなど、より厳密に管理すれば、漫然とした不安は取り除かれ、いわゆる差別も無くなるでしょう。これらの食品検査体制の厳格化や汚染地域管理の徹底は自治体単体では難しい面もあるので政府と連携していく必要はありますが、まず、福島の人が襟を正し厳格な態度で放射能汚染と向き合い「放射能汚染は安全だ」という風評を排除することで、いわゆる「風評被害」や「差別」は収束すると考えます。
私は先日Twitterで「そもそも放射能汚染地域の人が逃げない理由に除染に対する使命感を言われるのを聞きます。除染で郷土を蘇らせる行為は崇高なことで尊敬に値しますが、そもそも素人が挑むべき領域なのかということは甚だ疑問です。例えば農家の方であれば本来の使命、安全で美味しい食を提供することに注力すべきでは?」と呟きました。
農作物の安全性を厳格に管理すれば、作付けに適さない農地が多く存在することになります。その地で農地の再生に人生をかけるのも確かに一つの生き方だと思います。また一方、他の土地で安全な農産物を供給する使命を果たすのも福島復興を支える前向きな生き方だと思います。農家の方が安全で美味しい食を提供するという本来の使命を果たそうとすることは多くの人の支持が得られると私は確信しています。
by nora-neko
福島の人の被差別感